幕末の志士 長州ファイブ

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今回は、宇藤さんから激動する幕末期に、イギリスへ留学した「長州ファイブ」を紹介していただきます。

今回は、激動する幕末期に、イギリスへ留学した初の留学生「長州ファイブ」をご紹介します。幕末の長州藩下級藩士であった、伊藤俊輔(博文)、井上聞多(馨)らの5名で、平均年齢25歳の若者たちでした。元々彼らは、江戸幕府が行った開国政策に強く反発し、開国派の要人暗殺やイギリス商館の焼き討ちをはじめ攘夷運動を行っていました。そんなある日、彼らは佐久間象山という、西洋科学を良く知る兵学者の話を聞きました。彼らは、象山の持論であった「攘夷など不可能」には納得できなかったものの、「一刻も早く軍備をもっと増強しないとダメだ」という意見には賛同しました。他の攘夷運動家と決定的に違ったのは、「軍備増強して攘夷運動を行うには、外国に留学して軍事技術を学ぶべきだ」と考えたことでした。

しかし当時は、海外へ行くには多額の資金が必要な上、海外渡航自体が法度で、発覚すれば死罪でした。そこで彼らは長州藩の武器購入資金を担保に、「生きたる器械を買ったと思い、理解してもらいたい」と言い、主君に無断で商人から強引に大金を借りました。そして、彼らは侍の象徴である「まげ」を切り落として完全に覚悟を決め、留学先はかつて焼き討ちを行ったイギリスとし、マセソン商会を通じて密航しました。

元々攘夷を遂行する目的で、日本を出港した彼ら5人は、たった3日後、上海港に到着した時に、100隻以上の蒸気船が停泊している様子をみて「これはダメだ」「日本に海軍が無ければ全くお話にならない」という現実を思い知らされました。その後、3ヶ月の航海を経て、イギリス・ロンドンに到着した彼らは、当時最高の科学技術が学べたロンドン大学へ留学しました。そこで彼らが学んだ科目は化学、物理学、鉱物学という、日本には無かった理系の学問でした。昼間は大学で世界中のエリート留学生と接し、ホームステイ先では算術と語学、休日は博物館、国会、造船所などイギリスの社会見学を行いました。鉄道が走り、工員が作業する工場、街の繁栄ぶりを目にした彼らは「世界の現実」と「世界の中の日本の立ち位置」を把握しました。

250px-Choshu_Five.jpg留学した5人のうち、伊藤は初代内閣総理大臣、井上は初代外務大臣にそれぞれ就任し、他の3人はそれぞれ、鉄道技術、貨幣の造幣技術、造船技術と科学教育という、近代日本にいずれも欠かせない、国力を上げて国民を豊かにする技術を持ち帰り、日本の発展に貢献しました。幕末の志士は日本を良くしよう、変えようとすべく、腹を切る覚悟で様々な努力や武力闘争を試みましたが、結局勝ち残ったのは長州ファイブのように、海外の実情を正確に知り、次の時代に通用する科学技術を学んで「具体的に日本をこう良くしたい」というビジョンを持った人達でした。一方、新撰組や白虎隊のように時代の趨勢をみきわめられなかった者達は切腹するハメに追いやられました。

4月以降に政治団体から発刊予定のメルマガは、日本では詳しく解説されない、海外情勢に関する各国の思惑と、日本に与える影響を中心に紹介していく予定です。詳細はみずのおと3月26日最終号に記載します。有料メルマガですがこの3月末で廃刊になりますので実質無料です。海外の正確な情勢をつかんで勝ち残った長州ファイブのように、みずのおと最終号をご覧になって行動し、皆さんも勝ち残っていただきたいと思います。


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