激動の年 甲午(きのえうま)

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今回は宇藤さんから、激動の年「甲午」についてお話していただきます。

十二支のえとは非常に日本人になじみ深いものですが、正式には十干十二支とよばれます。十干十二支は先日ご紹介した算命学と同様、一定のサイクルで同じようなことが発生するということを体系化しているものです。さて、今年は甲午の年です。午という漢字の本来の意味は「強い力でつき通す」という意味がありますので「甲午」というのは、中間点を迎え、従来不可能だったことが突然起こって実現する、激動の始まりの年であることを表現しているのです。1834年、1894年、1954年が甲午の年でした。それぞれの甲午の年にはどんなことが発生したか、見てみたいと思います。

1834年の甲午は、英米の捕鯨船団が、現在の尖閣諸島付近で航行している、中国海警の巡視船のような感じで日本近海に多数遊弋していました。そこで江戸幕府は国防を高め、幕藩体制を維持する目的で、天保の改革を行い始めた年にあたりますが、結局は開国に踏み切らざるをえず、江戸幕府は崩壊しました。

1894年の甲午は、日本は開国以来、他国と問題が発生した場合は戦争は回避し、あくまで外交交渉で決着を付ける方針でしたが、朝鮮半島の政治体制を巡る日中間の駆け引きを行っている最中、朝鮮半島内部で東学党の乱が発生し、その鎮圧のために日本と清王朝が出兵、そして日清戦争が発生し、戦争によって外交交渉を決着させることを学びました。そして日本は戦争に勝利して莫大な賠償金を清朝から得、この結果に味を占めて対外出兵を果敢に行うようになりました。

1954年の甲午は、大東亜戦争に敗北し、朝鮮戦争が終結したばかりの年にあたり、日本国民は戦争に懲りていましたので、再び戦争をおこさないよう、参議院で自衛隊の海外派兵を禁止する決議を採択しました。また、この年から国鉄では蒸気機関車にかわる新型車両として、ディーゼルエンジンを搭載した列車が本格配備されはじめ、海外では旧ソ連が世界初の原子力発電所を稼働させるなど、主流であった石炭から、石油や原子力へといった別のエネルギー資源への移行が本格的に行われ始めました。

以上、この3回の事例から、甲午の年は今までではあり得ないとされていた事が突如発生し、古いやり方を維持しようとすると時代の流れに押し流され、消え去り始める年であるということがおわかり頂けると思います。

今までは、石油資源をふんだんに活用して各種製品が作られ、自動車などが動いており、原子力発電所も3.11が発生するまでは発電エネルギーの主力を担っていました。また、人口も右肩上がりで増えるので成長発展が当たり前、親方日の丸は絶対で、判断は全て信頼しても問題ないと感じてきましたし、国際紛争にも巻き込まれることもなく、平和で安全な社会は空気のように当たり前、食品も国産なら安心と思っていたのではないでしょうか。

今回は今、申し上げたことが全て逆転するわけです。この甲午の時に切り替わり始める、現代のネット社会にあわせた形で、みんなが政治活動に参加できる政治団体を私は、二月下旬に設立します。この政治団体に関して興味関心のある方は、こちらのメールフォームからお問い合わせください。


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