公家の外交

| コメント(0) | トラックバック(0)
今回は松浦さんから、真田幸村と岩倉具視のお話をしていただきます。

12月30日に「とある忘年会」、12月31日にコミックマーケットの展示を行います。コミックマーケットは真田幸村の方法で行い、「とある忘年会」は岩倉具視の方法で行おうと考えています。大阪冬の陣で、幸村は大阪城に、真田丸という出城を作りました。城そのものほど、壁も高くなく、堀も深くない、ちょっと頑張れば攻め落とせそうな砦です。真田幸村は、ここに敵を誘い込み、さんざんに打ち破りました。このように、砦に誘い込んで戦います。本拠地の関西が大阪城だとすれば、出張先の東京のコミックマーケットが真田丸です。

岩倉具視は、明治維新で活躍した公家で、フィクサーと呼ばれる人物です。
幕末は日本に黒船がやって来て植民地にされかねない危機でした。最初は徳川幕府が対応していましたが、対応できないことが次第にわかってきました。西洋の列強諸国に抵抗するためには、近代的な産業を導入して、軍隊も近代的なものに変える必要がありました。しかし、幕府は古い考え方の人が多く、スリム化する必要がありましたが、200年も仕えて来た人達をリストラできません。将軍もどうしようもないと分かっていましたので、大政奉還で政権を手放しました。朝廷と長州藩、薩摩藩などは新政府を設立し、王政復古の大号令と倒幕の勅を出します。新政府は鳥羽伏見の戦いで幕府軍を破ったため、様子見をしていた藩も、新政府側に付きました。この王政復古の大号令と倒幕の勅を出させたのが、岩倉具視です。

なぜこのようなことが可能だったかというと、岩倉具視が、武士ではなかったため、間を取り持つことができたからです。徳川がダメだと思っている藩は新政府に入りたいし、長州藩や薩摩藩側も戦わずに味方を増やしたいので、話し合いをする必要があります。岩倉具視に話をすることで、新政府に入る事ができた藩は、安泰になったのです。徳川家も、戦いを放棄したので、筆頭公爵として迎えられ、明治でも高い地位のままでした。薩摩藩の島津家が2番目、長州藩の毛利家が3番目なので、それらの家より高い地位です。最後まで逆らった会津藩などは、領地を奪われ、僻地に押し込まれました。

これと同じように話し合い、会議をする場所が「とある忘年会」です。とある忘年会」は12月30日(月)に東京で開催します。出席希望者は、こちらからご応募ください。コミックマーケットでは、前回の放送でお話しましたように、水耕栽培を絵日記にした冊子を販売します。時間は、12月31日(火)10時から15時くらいまで。場所は、東館X-11b 流水成道になります。

sanadamaru.jpg

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://gokigen.org/mt/mt-tb.cgi/309

コメントする

iTunesのPodcastメニューの画面にこのアイコンをドラッグ&ドロップすることで、番組を登録できます。


2015年7月

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31