藤原直哉さんのスピーチその3

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私はですね佐藤さんと知り合って20年間、自分が独立してから20年経つんですけれども、やっぱり20年前に日本の役所を見て、アメリカを見て駄目だと思ったんですね。これ絶対に駄目だと、必ず行き詰まる。だから自分でやる以外方法がない、と思ってやってきた。やっぱりその通りになってきたなぁと、つくづく思っております。若い方にとってみればですね、20年何て話をするとですね、20年前まだ私生まれていたけど、まだ小学生だったという方もあるかもしれないけれども、20年なんてのはそんなに長い時間じゃないんですよ。

昭和の戦争が終わったのが昭和20年の8月15日でしょう。でも昭和の恐慌が昭和2年ですからね、その前の大正バブルが弾けたのが大正9年ですからね、25年くらい悲惨な時代が続いているんです。ですから生まれてから一回も良い事がないというのはね、結構良くある話なんです。ですから何か始まった時に、生まれた人から見れば、随分時間がかかる。だから人生っていうのは、どこで生まれたかによってですね、随分見方が違います。しかし、一つはっきり言える事は、今の自民党みたいな生き方をしていると、本当に未来が無くなるという事です。ただひたすら御身大切、家業第一、今さえ良ければ良いって事をやってたら、本当に何にも無くなっちゃうって事です。ですからこういう恐慌みたいな事というのは、ふるい落とし役を帯て来るんですね。

だから栄世栄華を誇っているように見えても、今言ったように中身が無いものは、時代の変化に決して付いていく事ができません。やはり変化っていうのは止める事は出来ないんです。我々に出来ることは変化に適応する事ですね。変化に適応するというのは、未来を自分で作るという事なんです。答えは二つに一つで、変化に流されるか、変化の中を自分で進路を決めて動いて行くか、その二つに一つなんですね。やっぱり流されるとそれは大変です。そして実際にこの20年間というのはそうやって、スピンアウトするというか、脱藩するというか、あるいは半分仕事しながら半分何かするっていうか、やっぱりそういう人達がですね、未来を作っていくんです。

次の日本の形というのは、多くの人達が言うような簡単な物ではないんじゃないかと思います。まず、津波は確実に来るでしょう。今回、茨城から北ずっと来ました。あれ、間違いなく西日本まで来るはずです。時期は分かりませんが、そう遠くないでしょう。今、太平洋どころか大西洋までプレートの活動が活発ですから、早く、津波の来るところから逃げた方が良いに決まっています。皆さんも震災の被災地へ行かれた方はお分かりだと思いますが、一瞬で何にも無くなっちゃうんですね。来る事が分かっているのに、いつまでもあそこに街を作ってやっている事そのものが問題でありまして、平地は便利だからって、そんなに便利でもないんですよ。時々ああやって波が来る訳ですから、上の方に造っておけば問題ないんですね、土地の利用を間違ったところがあるんです。


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